11日午前9時半から、第30回高浜地区文化祭が開催され参加しました。
あいにくの雨模様でしたが、今日は高浜校区在住の、ボートのオリンピックの日本代表選手の武田大作選手の講演がありました。演題は「夢を追いかけて」でした。
武田選手は、昭和48年、伊予市の上唐川の出身とのこと、海がない環境に育ったから海にはあこがれてました。それが高校でボート部に入った理由だそうです。
今は高浜校区内の新浜町在住で、地元中学、小学校、そして保育園に通う4人のお子さんと、奥様の6人家族。
所属はDAIKIで、1年の内半分は家にいなくて、世界中に遠征、また合宿しているそうです。
先ずボートは後ろ向きに進むんです。だから過去にいつも練習してる梅津寺沖で、漁船とぶつかったこともあるそうです。後ろは見えないからか・・・・
試合の前後だけではなく、ある日突然来るドーピングの検査官の話しとか、最初に出たアトランタ大会では、アジアでNO.1でも21人中ビリから2番で、体格の差を感じたと云われ、その時負けたからがんばれたとも云われていました。
オリンピックは19歳でアトランタ、次のシドニーでは、二人乗りのダブルスカで日本史上初の6位入賞、次のアテネでも6位入賞、3位との差は、2000Mで僅か1秒。
そして北京、ロンドンで計5回の出場とのことです。
このボート競技は、愛媛県の社会人は僅か4人、内3人は今治だそうです。
2人乗りなのに、いつも一人で練習している武田選手に、なぜボート競技の選手達が多く居て、いい指導者が居る他都市に移らないんですかとの質問をよく記者に聞かれるそうです。
その時答えるのが、「私はこの愛媛で生まれこの愛媛でボートの選手になりました。私はこの愛媛が好きなんです。」と答えているそうです。
今回のロンドンオリンピックで、5大会連続のオリンピック出場とのことです。
いま5回連続は日本に2人で、もう一方は乗馬なので、肉体系スポーツは、武田選手だけらしいです。
今後については、いま身体測定すると、人生で今が一番筋肉量が多いそうです。
まだまだ夢を追いかけたいと云われていました。地域の私たちも応援します。
上記写真は左から
【オープニングは、高浜小学校の水軍太鼓】
【地域のお母さんコーラスのなぎさコーラスによる「花は咲く」の歌声】
【講演をする武田大作選手、練習に使っているボート、重さ僅か14Kg】
あいにくの雨模様でしたが、今日は高浜校区在住の、ボートのオリンピックの日本代表選手の武田大作選手の講演がありました。演題は「夢を追いかけて」でした。
武田選手は、昭和48年、伊予市の上唐川の出身とのこと、海がない環境に育ったから海にはあこがれてました。それが高校でボート部に入った理由だそうです。
今は高浜校区内の新浜町在住で、地元中学、小学校、そして保育園に通う4人のお子さんと、奥様の6人家族。
所属はDAIKIで、1年の内半分は家にいなくて、世界中に遠征、また合宿しているそうです。
先ずボートは後ろ向きに進むんです。だから過去にいつも練習してる梅津寺沖で、漁船とぶつかったこともあるそうです。後ろは見えないからか・・・・
試合の前後だけではなく、ある日突然来るドーピングの検査官の話しとか、最初に出たアトランタ大会では、アジアでNO.1でも21人中ビリから2番で、体格の差を感じたと云われ、その時負けたからがんばれたとも云われていました。
オリンピックは19歳でアトランタ、次のシドニーでは、二人乗りのダブルスカで日本史上初の6位入賞、次のアテネでも6位入賞、3位との差は、2000Mで僅か1秒。
そして北京、ロンドンで計5回の出場とのことです。
このボート競技は、愛媛県の社会人は僅か4人、内3人は今治だそうです。
2人乗りなのに、いつも一人で練習している武田選手に、なぜボート競技の選手達が多く居て、いい指導者が居る他都市に移らないんですかとの質問をよく記者に聞かれるそうです。
その時答えるのが、「私はこの愛媛で生まれこの愛媛でボートの選手になりました。私はこの愛媛が好きなんです。」と答えているそうです。
今回のロンドンオリンピックで、5大会連続のオリンピック出場とのことです。
いま5回連続は日本に2人で、もう一方は乗馬なので、肉体系スポーツは、武田選手だけらしいです。
今後については、いま身体測定すると、人生で今が一番筋肉量が多いそうです。
まだまだ夢を追いかけたいと云われていました。地域の私たちも応援します。
上記写真は左から
【オープニングは、高浜小学校の水軍太鼓】
【地域のお母さんコーラスのなぎさコーラスによる「花は咲く」の歌声】
【講演をする武田大作選手、練習に使っているボート、重さ僅か14Kg】